ソリタリーというコンプレックス



わたしが定期的に悩むこと。




人付き合い。

友達というもの。





わたしは基本的に自分から遊びに誘うことがない

ということに気付いたのは

よく誘ってくれる子に言われたことから。



たしかに、そうだな、ふむ。なんでだろう。

この気づきは3〜4年前。




そこから月日が流れ

やはり度々勃発する事象が

友達を傷付けてしまっているのかもしれない

という現象と不安と自分への不信感。



* 



なににイチバン頭を悩ませてきたかというと



自分から人に会いたいと思うことがない (爆




ということ。



この自分の本音が長い間自分を悩ませた。




え、最低だな。

人としてどうなの?

友達を大事にできないって終わってない?

それ冷徹すぎない?





こんなワードが脳内に繰り広げられる。







認めることができなかった。


自分が冷たい人間かもしれないということ。

人付き合いがうまくできないこと。



そんなの人として当たり前のことだと思ってた。



それができない自分はなにかおかしくて

欠落してるんだと。



だから、ずっとごまかしごまかし

見て見ぬフリをして生きてきた。





なんだか

胸が苦しくて

ネットで検索してみた。





[ 友達 必要ない ] 



(爆





そんで見つけたのが





ソリタリーっていう言葉。







*「ソリタリー」というのは、簡単にいえば孤独が苦ではなく、むしろ孤独で居たいと思う性質のことで、この性質を持つ人は、友人を作ろうともしない。それはまったく必要が無いからで、私もその一人だ。


 ↓以下から抜粋。お借りしました。



おもしろいね。


マジョリティに憧れるマイノリティーなわたし。


マイノリティーを誇りに思う反面

共感を得られないことからの不安。




なんだかんだで

多数決な社会に思考が馴染んでいることが

垣間見える。





精神性やスピリチュアルなことを


日頃から学んで実践しているけれど、


やっぱり集合意識をひろいがち。





根底で、人と同じじゃないとダメって言う

思想がまだ根付いている。(無意識に


 


その集合意識からの無意識な信念や思い込みが

自分をジャッジする声に変わる。








自分をジャッジしてるのは自分なんだよね。


自分を傷つけることができるのは自分だけ。



周りにいくら叩かれたとしても、


自分がそれを採用しなければいいんだから。






信念って面白い。


世界に決まった真実などなくて


自分の経験でそう思い込んできただけのもの。





自分を苦しめてるのは自分の頭の中の


自分に対するジャッジの声だと気づいたら


自分の思い込みから自由になるチャンス。






多様性のこの世界は素晴らしい。





誰からも共感されないような


自分のマイノリティーさも


自分だけは受け入れてあげよう。





自分だけが自分を信じてればそれでいいのだ。





最近、わたしが真似しようと試みている人の


スピリットは、


マイケルジョーダン。


あの在り方。




惚れ惚れするくらい、

誰がなんと言おうとも

自分で在れ。









Life is Feel
Minami






Life is Feel

あなたがあなたらしく、ゆるく楽しく輝いて生きる

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