わたしたちは楽しむために生まれてきた



現実のコントラストが願望をもたらす。



この世は相対的。

右があるから左が存在し得る。

上という概念がなければ下もない。

好きの裏には嫌いがあって。

望まないものには望みが隠れている。





わたしが何者であるかを理解すれば、少しは謎が解けるだろう。

わたしは神である。わたしは女神である。

わたしは至高の存在である。存在するすべてである。

はじまりであり終わりである。アルファでありオメガである。

わたしは太陽であり物質である。

問いであり答えである。

上昇であり下降である。

左であり右、現在であり過去、未来である。

わたしは光であり、光を創造し、光を可能にする闇である。

わたしは限りない善であり、善を「善」たらしめる「悪」である。

わたしはそのすべてであり、存在するすべてである。

そして、わたしは自分のすべてを経験せずに、一部だけを経験することはできない。


そこが、あなたにはわからない。

あなたは、"わたし"をひとつに決めたがり、べつのものではないと思う。

高いのであって、低くはない。

善であって、悪ではない、と。

しかし、"わたし"の半分を否定すれば、自分の半分を否定することになる。

それでは決して、ほんとうの自分にはなれない。



わたしのお気に入りのライン。

この文章に触れるたびに内側からこみ上げてくる悦びに震える。

神との対話から抜粋。

この本に出会ったのは7年前。

その時は理解したくて理解しようとしても

ほんとうの意味で理解できなかった。


私たちは波動の存在なのだと実感するのはこういう時。

昔、理解できなかったことが

スッと入ってくるようになった時。


理解しようとしているその時、わたしは理解の外にいる。

その文章の波動とわたしの波動が同調した時、わたしはその文章が理解できる。



" 慣れ "というのもそうゆうものだと思う。


例えば、

初めて自転車を補助輪なしで乗り始めようとするとき、

あなたの波動は、

その経験が未知であるために、

好奇心と不安と恐怖が入り混じったようなエネルギーだとして


1回経験したあとのあなたの波動は

なんとなく対処法がわかったため恐怖の種類が未知から

出来るか出来ないか定かではないという不安に変わる。

でも0地点よりも体験としての情報があるため少し希望も抱けてる状態。


3〜4回繰り返すと

なぜうまくいくのかなぜうまくいかないのかがだんだんとわかってきた時には

あなたの波動は自転車に乗れている自分という状態に近い波動になっている。


それを繰り返してるうちに

あなたの波動は” 自転車に乗れる自分 ”と同調する。

それを人は” 慣れ ”と呼ぶ。


ここでいいお知らせがあります。

この物質世界の物理の分野では

ゼノン効果という現象が働いている。


ゼノン効果というのは

ある一定の期間、観測を続けるとそれが維持されるという現象。

意識的に手動でやってたことが、オートマチックになる感じ。

公園の回転遊具を軌道に乗るまで回したら手を離しても回り続けるように


だから、意識的にやる必要があるのは最初のうちだけ!



自転車乗れるようになったら、乗り方忘れないのと同じで

人生を自分の思い通りに創ることができる

現実は自分の思うがまま

成功脳

とかも慣性の法則が働くんです。

私たちも同じ物質であり、波動の存在だからね。



余談だけど

冒頭で言ったように

この世界は相対的。これは絶対的。だからこの世界が成り立っている。

この世は物質的な世界。

ならば同時に必ず非物質的な世界というのも存在しているのです。


目に見えないものを信じられないっていう時に

こうゆう考え方をしたら信じざるを得ないと思う。



わたしはこういう夢があるドラマチックでロマンチックな考え方が大好き。

こういう考え方に触れるとワクワクする。


コントラスト(嫌いも好きも在る)な現実は

あなたにあなたの願望を抱かせる望みの種。

だから

嫌な現実はむしろウェルカムで。

どんなことがあっても大丈夫っていう状態で在れるっていうことが

最高に至福な状態だと思う。






Life is Feel

Minami

Life is Feel

あなたがあなたらしく、ゆるく楽しく輝いて生きる

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